東日本大震災から4年。

あの衝撃は忘れない。
4年前の3月11日は、相模原市でも震度5強の揺れが長く続いたあと、外出中だったため会社に戻った。停電が続き、電車も止まったため、従業員の帰宅困難に備えて、カップ麺の買い出しに走った。車のテレビでは、津波の惨劇が流れていた。

...私は津波を直接見たことがある。今から30年強も前になるが、日本海中部地震。秋田県男鹿市に住んでおり、まさに男鹿半島沖を震源とする自信で10メートルを超える津波が発生。多くの人の命を奪った。私は高校二年生。テストが終わり、通学バスで寒風山という山に上がったところで、運転手の叫び声で津波を知った。しばし呆然と津波を眺めていたが、足が震えたのを覚えている。

しかし、東日本大震災では私の想像を遥かに超える莫大なエネルギーが、東北3県に被害をもたらした。
3月12日は、私の事務所開きだった。身内で簡単に済ませ、あとは震災対応に追われた。仲間の安否の確認や、支援物資の調達など、気がつけば被災地にいた。

これまで、大船渡を中心に、陸前高田、山田、大槌、釜石、仙台、南相馬、多くの被災地支援をしてきたが、まだ終わることはない。
私の携帯カメラには、震災直後の大船渡の状況や、陸前高田の瓦礫の山や、復興が進んできた状況など、直接撮影したものがたくさん残っている。
風化させないためにも、時折見ては今後の防災・減災を考えている。

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この記事へのコメント

えみ
2015年03月18日 17:20
何年たっても忘れません
森しげゆき
2015年03月18日 20:14
えみさん
皆が忘れないでいてほしいですね。
我々にできることは、復興に向けて支援をつづけること。
震災を教訓に、安心・安全なまちづくりに努力することです。
これからもがんばります。
                   森しげゆき

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